タカハシがニカッと笑うと、あたりがほんの少し黄色くなる気がする。ああ、この感じだと、懐かしかった。
タカハシに初めて会ったのは、もう20年以上前のことになる。当時はまだ世の中も自分も平和で退屈で窮屈で、いつも横目で抜け穴を探しているような日々だった。そんな中でタカハシはバイトの後輩として入ってきた。どんなバイトだったか、不思議なことに具体的な風景が一つも思い出せない。もし例えて言うならば、大量のヒヨコを1羽ずつカゴからカゴに移すような仕事だ。僕としては嫌いではないが、誰もが率先してやりたがる作業でもない。それに、この話の本題にも関係ない。もし必要ならしっかりと思い出して、身振り手振りも交えて語るんだけど。
そう、タカハシのことだ。
タカハシとはバイトの作業場所が隣で、休憩時間も同じだったので、少しずつ話をするようになった。最初は天気の話とか最寄り駅の話なんかで、そのうち好きな音楽の話をするようになった頃にはずいぶんと打ち解けていた。音楽の趣向はずいぶん違ったけど、それでも話していて、話を聞いていて、退屈しなかった。タカハシもあのニカッとした笑顔で、それ分かる気がする、なんて頷いてくれてた。
ところでタカハシには不思議な能力があった。タカハシは人の誕生日をピタリと当てることができた。初めてそれを聞いたのは、たまたまバイトのあがりが同じで、駅前の定食屋のような中華料理屋で夕御飯を食べてる時だった。まるで冗談のようにタカハシが言うものだから、僕も笑ったらいいのか驚いたらいいのか、変な顔をしていたのを覚えている。でも僕はすぐにその能力のことを信じた。僕のなんの特徴もない、親でさえ3回に2回は間違えるような誕生日を言い当てたのだから。
今思えば、それは冗談のようにしか言えない種類のことだったのだろう。
タカハシは前髪が餃子のタレにつきそうなほどうつむいて、珍しくボソボソとその話をしてくれた。
いわく、人の名前を思い出すように、その人の誕生日が思い浮かぶのだと。数字が浮かぶとかではなく、ただただそれがわかるのだと。だからと言ってこれまでにそれで何か得をしたかと言っても特に無く、というより、小さい頃からそのことはほとんど話したことはないのだと。それは普通じゃなくて、そんなことができることを知られたら、多かれ少なかれ気味悪く思われるということを、タカハシは物心つく頃には分かっていたということを。
じゃあなんでそれを僕に教えてくれたのかと尋ねると、タカハシはニカッと笑って、何でかなあ、と目の前の一味唐辛子に問いかけた。僕はといえば、冬支度の前に巣穴を訪問された母熊のような気分で、タカハシが羨ましいような、そうでもないような、肩を揺さぶって問い詰めたいような、よく分からない気持ちで途方に暮れていた。
あれから色々あって、バイトも辞めてしまいタカハシとも会わなくなって、僕もタカハシも中年になってしまった。さて、あの時聞きそびれたことを、今聞いてみようか? それとも、眠り続ける熊たちの冬眠を妨げないほうがいいのだろうか?
タカハシに初めて会ったのは、もう20年以上前のことになる。当時はまだ世の中も自分も平和で退屈で窮屈で、いつも横目で抜け穴を探しているような日々だった。そんな中でタカハシはバイトの後輩として入ってきた。どんなバイトだったか、不思議なことに具体的な風景が一つも思い出せない。もし例えて言うならば、大量のヒヨコを1羽ずつカゴからカゴに移すような仕事だ。僕としては嫌いではないが、誰もが率先してやりたがる作業でもない。それに、この話の本題にも関係ない。もし必要ならしっかりと思い出して、身振り手振りも交えて語るんだけど。
そう、タカハシのことだ。
タカハシとはバイトの作業場所が隣で、休憩時間も同じだったので、少しずつ話をするようになった。最初は天気の話とか最寄り駅の話なんかで、そのうち好きな音楽の話をするようになった頃にはずいぶんと打ち解けていた。音楽の趣向はずいぶん違ったけど、それでも話していて、話を聞いていて、退屈しなかった。タカハシもあのニカッとした笑顔で、それ分かる気がする、なんて頷いてくれてた。
ところでタカハシには不思議な能力があった。タカハシは人の誕生日をピタリと当てることができた。初めてそれを聞いたのは、たまたまバイトのあがりが同じで、駅前の定食屋のような中華料理屋で夕御飯を食べてる時だった。まるで冗談のようにタカハシが言うものだから、僕も笑ったらいいのか驚いたらいいのか、変な顔をしていたのを覚えている。でも僕はすぐにその能力のことを信じた。僕のなんの特徴もない、親でさえ3回に2回は間違えるような誕生日を言い当てたのだから。
今思えば、それは冗談のようにしか言えない種類のことだったのだろう。
タカハシは前髪が餃子のタレにつきそうなほどうつむいて、珍しくボソボソとその話をしてくれた。
いわく、人の名前を思い出すように、その人の誕生日が思い浮かぶのだと。数字が浮かぶとかではなく、ただただそれがわかるのだと。だからと言ってこれまでにそれで何か得をしたかと言っても特に無く、というより、小さい頃からそのことはほとんど話したことはないのだと。それは普通じゃなくて、そんなことができることを知られたら、多かれ少なかれ気味悪く思われるということを、タカハシは物心つく頃には分かっていたということを。
じゃあなんでそれを僕に教えてくれたのかと尋ねると、タカハシはニカッと笑って、何でかなあ、と目の前の一味唐辛子に問いかけた。僕はといえば、冬支度の前に巣穴を訪問された母熊のような気分で、タカハシが羨ましいような、そうでもないような、肩を揺さぶって問い詰めたいような、よく分からない気持ちで途方に暮れていた。
あれから色々あって、バイトも辞めてしまいタカハシとも会わなくなって、僕もタカハシも中年になってしまった。さて、あの時聞きそびれたことを、今聞いてみようか? それとも、眠り続ける熊たちの冬眠を妨げないほうがいいのだろうか?
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